The FLASHをフォースシーズンまで見た。

Amazonプライムで4thシーズンまで視聴した。
日本の漫画とアニメ、特撮ドラマなどのモチーフがいくつも登場してそれらをうまいこと使っている。
四シーズンとも常に自分たちが発端の問題を解決する、なんとももやっとする。ごめん、私(僕、俺)のせいだ。の直接のセリフが多い。多いどころかそれを聞くために見ているようなものだ。この辺りを気にしない発想がわからなかった。吹き替えで見たので翻訳が毎回同じで、同じ訳し方なのか、元からこうなっているのか。
家族愛や友情を描く点ではわかりやすく、気持ちも乗るんじゃないかな。マルチバースを軽快に活用して描いているのも面白かった。

シェイプ・オブ・ウォーターを見た。

シェイプ・オブ・ウォーター(原題/The Shape of Water)
監督 ギレルモ・デル・トロ 2017年12月 アメリカ合衆国
シェイプオブウォーターを見た。
作品世界が1962年ころのアメリカで、男性が圧倒的に優位に立つ社会が背景にあり、その中での様々なマイノリティを描いている。とにかく少数派の居場所が切ない。主人公のイライザの隣に住むゲイの絵描きの失恋はつらく感じた。

主演の怪物に対して関連を見つけたくなるのが監督が同じの映画ヘルボーイに登場するエイブだ。同じ水棲生物のクリーチャーなのでよく似ている。その続編のゴールデンアーミーでは敵対する双子の妹に恋をしていた。結末は異なるがシェイプオブウォーターも異なる生き物の恋だ。ヘルボーイに対してシェイプオブウォーターは比較的リアリティを高めで描かれているので、それがキャラクター造形にも影響している。リアリティ高めというのは漫画的な要素の強いヘルボーイよりもであり、この映画自体はリアルを表現するものではない。意外とキャラクターたちは作品が言いたいことのために結構ディフォルメされてたからね。

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何度目かの、座頭市鉄火旅を見た。

座頭市鉄火旅(英題/zatoichi’s cane sword 監督/安田公義 1967年 日本)
第十五作目。
悩んでいるシリーズ。市はやくざを辞めたいと放浪する。座頭市喧嘩旅のヒロインだった藤村志保が再登場。当時はやってる芸人も久しぶりに登場する。藤田まことだ。のちに俳優専業になるが当時はコメディアンだった。流行ってる人も登場だ水前寺清子が市と一緒に旅をしている設定でいっぽんどっこの唄をそのまま歌う。しかも市がリクエストして二回目を歌う。二回目はフルコーラスだ。時代を乗りこなすのも座頭市シリーズの見どころだ。

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何度目かの、 座頭市海を渡るを見た。

座頭市海を渡る(英題/zatoichi’s pilgrimage 監督/池広一夫 1966年 日本)
第十四作目。船の中から始まる。海を渡るが瀬戸内海である。行先は外国じゃないよ。たどり着いた土地の人たちも海を生活の糧にしていてこれまでと違う生活をしている社会を前面に出している。
今回も切ろうとした男を瞬発的に切ってしまう。のちに分かるが、切ろうとした男はやくざに金で雇われたのだった。

za14021200

どういうことか馬と道中を共にする。馬に乗っているのではない、馬と共に歩くのだ。馬に連れられてついた家で女に切られる。無敵になりすぎた市は悩むことでキャラクターのバランスをとっているようだ。
女と市が池で泳ぐシーンは上手だなあと思った。上手とはエロ方面の絵にしていないってこと。スターウォーズのエピソード2でのアナキンとアミダラのデートシーンみたい。座頭市の方が圧倒的に先だけど僕が見たのはSW ep2が先なので。

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何度目かの、座頭市の歌が聞えるを見た。

座頭市の歌が聞える (英題/zatoichi’s vengeance 監督/田中徳三 1966年 日本)
第十三作目。
妙に考えさせるシリーズ。ふらっと現れる琵琶法師が市の心の声のように市に生き方を問いかける。ブラックジャックの「座頭医師」などにも同じようなキャラクターが登場し、ブラックジャックの影の声のような存在になっている。それこそなんとも言えないタイミングで近くにいたり隣の部屋で寝ていたりするので若干コントのようにも見える。ただこの琵琶法師の言葉のおかげで市が自分の生き方に疑問を感じさせてしまう。結局答えは出ないのだがこれまでの完成された人情ものから脱却したいように見えるが、単に時代的に考えさせるような話が流行だったのかもしれない。座頭市は後天的に見る人が思っている以上に時代に迎合しているのだ。

za13021200
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