草間彌生の水玉にはもう飽きた。

作家は同じモチーフやテーマを延々描くことで作家の体裁を維持することができるなんてこともある。わかるよ、だけどな、外野の立場で見る限りではもう飽きたよ。AIと言わず、Photoshopのプラグインなどで量産できるレベルまで来てるよ。駄目だって言ってるんじゃない。そろそろ同じ芸風は辛くないか?出てくるものが何かわかるレベルでクライアントが安心できるってそれ作家か?とか、門外漢としてちょっと思った。もちろん、あいつ、水玉だろw?と言われるくらいに完成度も認知度も高いことは作家人生としては素晴らしい、まさに完成形だ。故にそれを破壊する発想がないとドットの平面構成をする職人じゃないのか?広告の営業の視点からすれば派手はちんどん屋みたいかかっこうしたおばあちゃんがエキセントリックな表情で変なこと言ったりすれば引きがあるからね。

電子フリーペーパーの件。

電子フリーペーパー『北極大陸』を編集しています。
ここで配布しています。

この文を書いた時は第53号を発行した直後でした。
バックナンバーはこちらにあります。最新号もお知らせしてます。

北極大陸は何なんすか。以前も書きましたが自分たちの自主制作本の告知メディアとして勢いで始めました。仕事で広告など作っているので、なんで作るのかなどの理由なり所謂コンセプトは一々考えるまでもなく、考えたところでどうぜ口から出まかせ、他所でコンセプトは?テーマは?といった話で得々と他の人も書いているのは「儂は儲けたいんじゃ!銭が欲しいんじゃ!権力じゃ!のし上がりたいのじゃ!」に対する迷彩効果なのです。そのくらい知っておりますのでまぁ適当に。僕らの場合は本当に告知メディアを作りたかったのです。仰々しいスカしっ屁のような理屈ではなく、本文の一部を載せたり出来るような場が欲しかったのです。金は二の次と言えればなかなかの富豪ではありますが、富豪でもないのに金は二の次にした割には金がなくて気力も消失しそうです。カネゴンと同じ仕組みです。そういうことで宣伝でした。

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物語にとって都合の良い出来事について。

科捜研の女  File17 妻と愛人の事件簿
物語として出色とかではなくて、物語にとって都合の良い出来事というのは常にあります。むしろ都合が良くないと困るのです。しかしそれが読者、視聴者に丸出しではよくないのです。読者も困るでしょう。そんなときはたった一つの都合の良い要素が次々と不都合な条件を生み出していくと、都合が良かったことが目立たなくなります。それでは不都合なことばっかりになったり反対に嘘くさくならないか?と疑問になりますね。しかし、そうは思わないのです。実際の生活の中で都合の良いことと悪いことなら圧倒的に都合の悪いことが多いからです。実生活の中でありがちな状況に近いと不自然に感じることは少なくなります。科捜研の女のこの回は物語にとって都合の良いこととそれによっておこる不都合な条件がわかりやすく描かれていて参考になります。んー、わかりやすく見えてしまったらじつはよくないんだよなあ。

科捜研の女  File17 妻と愛人の事件簿 (期間限定の配信)
https://tver.jp/episode/63911237?fbclid=IwAR0_0TWxVEqd6lT336klK6XI4-3-QB1w3Nh-sLNgaHPI_r3KXejViC2Hi5Q

映像作り進行中。

モザイコ(自然画を独自の解釈でモザイク化した絵画)などで業界内ではおなじみのアーティスト、清水温度さんの曲の映像を制作しています。
コラボレーション的なやつですよ!作家は嫌じゃなかったのかw
主にスケジュール作ったり、香盤考えたりしています。もちろん撮影もしていますけど、手弁当でどこまで作り込めるか、効率よく制作できることも作ることなので、こういう面をきちんとやりたんですよね。仕事じゃないのに仕事みたいに制作進行とかかっちりやりたい。むしろ制作進行プレイなくらいにやりたい。
マネジメントや制作進行みたいなことは言われてやるとムカつくので先に自主的にやったほうが力もつくし、気分も良いです。
ということで、清水さんと映像作りしています。

ビルの名前の地域性

岐阜市に住んでいてもとりたてて中心市街地に思い入れも何にもないが、駅前の問屋街などで雑居ビル名を”なんとかシティ”と命名しているのは面白いと思った。一つの建物を街とかコロニーみたいな感覚でいたのだろうか。
柳ヶ瀬では外に路地があるのに雑居ビルの真ん中に客用の道を作って”なんとか小路”にしている。中には周囲の建物が取り壊されて小路ビルだけのシュールな風景が出来上がっている。
寂れて後継者もおらず、多分このまま廃墟から更地になって住居と高齢者施設だらけになるのだろうが、せめてこのセンスくらいは誰かが継いでやればいいなと思った。

興味がないことは知っている。

ゲームのイベントやるんですよー!と言ったら思考停止される方が結構いて、逐一「私はゲームに興味がない」宣言をされてなかなかの残念ぶり。
僕もイベントのお知らせがあったら一々「興味がない」って言おうかね。というハムラビ法典みたいなことはしないですよ。
ただ、ゲームのイベントと言うと人は、イベントではなくゲームの部分に注目することが分かりました。
例えばお酒のイベントなら”お酒”、”ダンスのイベント”ならダンス、イベントという仕組みには誰も興味がない。ってこと。
”誰も”というのは老いも若きもあなたもです。

たとえ話が長い短文。

2019年3月9日にnoteにつらつら気分転換に書いた文。

プラットフォーマーがPBをやっても失敗しやすいのはその集客力が契約しているブランドの力であることを理解していない場合があるから。
これと同様のことを見たことがある。バンドだ。
バンドが人気があると個々のメンバーたちがそれぞれに人気があると思いこんでしまう。何故ならば仮にメンバーが五人いるとしてステージで五人全員一律に声がかかっているわけじゃない。ムラがある。主に人気のあるのはボーカルだ。何故ならばステージの真ん中にいて、客の殆どが演奏より歌を聞きに来ているからだ。歌はボーカルが歌っている。ボーカルが歌うのは当たり前だと思うが、全国的にに人気のあるTOKIOというバンドのデビュー曲の歌い出しはギター担当が歌う、アイドルバンドなのにパンクバンドよりアバンギャルドだ。しかし一般的にはボーカルは歌うし、客の殆どは歌を聞いている。これでベース担当が一番人気があったらそれもまたエキセントリックだ。今は特別な特殊状況を話しているのではない、一般的な話だ。
ベーシストが所属のバンドがたまたま売れた、俺(ベーシスト)も人気があるから独立だ、自分でバンドやるとか実行してみても人気があるのはその任意のバンドという集団や目立つボーカルなどであり、人気バンドのベーシストというだけでは人気を拠り所にするのは困難を伴う。君はサザンオールスターズの、Mr.チルドレンのベーシストの顔と名前が一致し、フルネームを書くことが出来るか?そういうことだと思う。
つまり、プラットフォーマーのPBはそもそも人気の出ている時点で存在すらしていない。いい仕事するベーシストですら無いのだ。いや、志村けんはドリフターズでボーヤだったがメンバーになってめっちゃ人気出たじゃんというのも特殊事例だ。すわ親治の身になってほしい。集団の場合どこに人気や信頼があるのか見えない時があるようだ。だから成功している組織でもこのように見誤ることがある。バンドに例を見るまでもなく、会社自体がそうだよね。営業は会社の信頼と商品に人気があるから商材を売れるわけで自分の力だけじゃない。しかし売り上げは自分が上げるので自分の力だけで出来ている気がしてしまう。
てことはバンドとかやってたらわかるんじゃないか?と思うんだけど、そうでもないみたいだね。

SNSなどの「行けません」について

イベントに行けないことを積極的に伝えるべきは関係者だけだよなあ。お客さんが行けないって言ってもどうにもならんもんな。

前も書いたけどSNSなどでライブ行けませんっていくつも並ぶとライブ自体が楽しくないものに見えてしまう。お客さんはスタッフやキャストじゃないから書くことは止められないけど、せめて言葉を考えたらいいのに。

特に、ほかの用事と重なって行けませんは、それが個人的に重要なことであってもイベントには関係ないので凄く否定的な印象になってしまう。どうしても書きたいなら「行けないけど、応援してます!」も、そもそも行けないと書いてしまうことが良くないので、「応援しています!」がいいと思った。ベストでなくてもベターじゃないかと。

自分がイベントとか企画する立場で考えてみるといいよ。SNSで「行けません」「他の用事があるので行けません」「遠いから行けません」って書かれたら出来るだけ大勢の人に足を運んでもらいたいと思っているのにくぎを刺すようなことを書かれたら気分も良くない。それにその書き込みを見た人たちはそのイベントに行きたい!と思うかな?これはマナーやモラル問題じゃなくて、宣伝問題なんだよ。SNSなどのTLに「行けません」といくつも書かれちゃうような行かなくても良いイベントに見えるんだよ。これは宣伝としてマイナスで、あなたの友人や贔屓にしているアーティストの活動を阻害することになっちゃうんだよ。

マナーやモラルとするならば、行けるときに意気込みを書くんだよ。それに「行きます!」が複数書き込まれると楽しそうなイベントに見える。楽しくなるように主宰者は頑張るんだけど、それをサポートできるんだ。

イベントなどに「行けません」って書いて本当に来ない人も「行くよ!」ってメッセ送って当日来ない人も同じように寂しいw 行けない(行かない)時は上手いこと言葉を使おう。

きしめんとか。

まぁ、仕事はないがそこそこ暇つぶしのようにやることはあり、かといって家事とか事務処理に追われることも無く、多少なりとも出かければ気持ちくらいは晴れるのもかと思ったら、ライブドローイングでなぜか股間が筋肉痛でほとんど歩けず、もういいかと思ったら雨降ってるし、昨日はやっと晴れたのでこれがチャンスと適当に電車で終点まで行ってみた。

まさか電車で移動中に気分が悪くなるとは思わなかった。ずっと座ってたんだよ。本を読んでいたのは良くなかったかもしれないが、突然気持ち悪くなるのでなく、あ、もしかしたら気分が悪いかもしれない、あれ?気分悪いぞ、座ってるのに立ち眩みするぞと、どんどん具合が悪くなり、これはダメだと思ってじっとしていたらそれなりに回復してきたので取りあえず降りてちょっと歩く。

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