いじめのこと。

いじめが暴露されると困る人の方が多いためにいじめがなくならない。
訴えてももみ消す奴が多いって事。

いじめられると判断能力が極端に低下してしまうので訴えることができなくなる。
いわゆる言えばいーじゃんが出来ない。

いじめられる方にも問題があるとすると喧嘩両成敗でうやむやになり、結果としていじめても良いことになってしまう。

いじめといえば、リリィシュシュのすべてを見るといいよ。これ以外でも岩井俊二監督映画はいじめをモチーフにしていることがある。

障害者に絵を描く仕事をさせたい件への反応。

なにかのはずみで障害のある人に絵を職業にさせていてきなことを相談されることがあるが、イラストレーターなら本人が金曜の夕方にもらった修正を月曜の朝に修正を提出できるなら、もしくは提出日を交渉できるならいいんじゃないの?と思う。
作家なら自分で絵を売れるようにすることだよね。売れそうにない絵を必死に売ってくれる人の存在を忘れてはいけない。
(という、売れそうにない絵を押し付けられてしまった光景を見ちゃったんでね。)

先に改善するのは組織より個人技。

任意の目的が明確になっている人たちの集まりと、偶然近所に住んていた同年齢の人を徴収した集団を同一に考えても意味ないよ。多分先に挙げた集団は今流行ってるからいい例えだと思うだろうが、例えになっていない。
教育改革的なことなら組織の仕組みの改善よりも個々の教師の教える技術の向上をしたほうがいい。教師の総じて(すべての教師ではない)クソつまんねー授業の喋りを改善して欲しい。あれは本当に物事に興味を持てないような話し方なのだ。科目に対する知識よりも興味のない人に興味をもたせ、バカに多少は知恵がつくようにすることができるような教え方だ。絆とかふれあいとかそういうのを社会人になっても学校から抜け出せない大人に教えてもらう意味はないです。教えられないでしょうし。
ラグビーじゃなくてだなw一般的にスポーツ、特に集団でプレイするプロスポーツは個人の才能依存する方法論からスポーツ(競技)として成熟していくにつれて組織戦に移行していくのだ。と言うことを例にとって、学校で組織的に教育するならば、まずは教える立場の技術向上をすべきじゃないのか。
そのための方法は?予算は?という件については、お前ら賢いんだからそのくらい考えろよ。教師なんだろ?

とか、fbのTLに反応しました。個人的は正直どうでもいいです。

作品を自由に見る前に作家の意図くらい読み解けよ。

作品は自由に見て良いだろうが、作家自身がきちんと視点を持って作っていないのに自由に見て良いといってしまうと、「クソ」「つまんねー」「学校で教えてもらって描いた絵ですね」「心の弱さを発散していますね」「難しそうに描いてるけど、ただ迷ってるだけだよね」「同じような絵ばかり」「必死ですねw」「こんな事やっていないでバイト行けばいいのに」とか感想を持っても良いことになってしまう。そんなことはないですよね。
自由な読み解きができるのは作家がきちんと考えを持っているからじゃないっすかねぇ。それを理解した上で作家の見えなかった部分を読み解けるんだと思うよ。

文章のバカレベル。

仕事の文章を作るときに割と最優先しているのはバカに見えないこと。バカレベルの調整だ。
映画の場合はリアリティレベルを物語よって考慮するようなことだ。

一人で書いていると気づかないが、プレゼンテーションなどで思いが強い文章だとかなりバカ度が高くなっている可能性を疑ったほうがいい。気持ちはわかるが表現が稚拙では先行きが不安だ。いいもん!気持ちが大切だもん!じゃねぇんだよ。てめぇの見た目と年齢と経験則などのバランスが取れていない文章を目の前に開陳される愛しさと切なさは全く心強くないんだ。

一人で書き上げたら第三者にチェックしてもらうといい。全てではないが僕はそうしている。これは校閲でも校正もなく、文章の作りのチェックだ。校閲は文章のディティールの正誤や文法などの監修で、校正は一般的な文字の間違いの監修。監修というのは大げさならチェックを担当することだ。例えば「ガンダム大地に立つ」という単語が正解なのに「グンダム大地に立つ」と書いてあれば修正を出すのは校閲で、「ガンダム代置煮立つ」とあったら、校正で修正が出る。多分。こういったことも勿論だが、文章として書きたい方向性になっていないとか、読ませたい人に信頼されづらい書きようになっているなどを指摘、あるいは修正してもらうのだ。こんなではとてもプロの物書きにはなれないが、物書きでなくても仕事で文章を書かなければならないときはやってくる。そのときに個人的思いだけではその思いは伝わらないのだ。って思ったんで、お願いするときがありますねぇ。

昨日は相談の日

コーヒーはお店のブレンド。

来年のイベントに向けての雑感とか情報交換とか商店街の大型フラッグの換装とかやって雨降ってきて帰宅がちょっとつらかった。気楽に書いてますが仕事なので言えないことばかりで、それではなんですので実感として再確認することが看板デザインについて。大型フラッグの換装とは商店街の通りに大きな旗を掲げているのです。それはイベントの宣伝であったり商店街の告知であったりするのです。今回は今日2019年10月22日の即位の礼に関連して日の丸を掲げるべく作業していたのです。もう一件の旗の交換がありました。どうやら最近開催されるイベントの旗だったようなのですが、いつどこで開催されるか書いていなかったのでわかりませんでした。しかし、デザインした方によるといいデザインが出来たそうです。掲げてみた印象としては全く薄ぼんやりとした蚊の鳴くようなデザインで遠くから見るものをデザインすることを全く考慮に入れていないようでした。新幹線から見るための看板がありますが、あのデザインについて思い起こさせました。遠方からかつ高速移動する物体の中から見ることを想定すると細かく書いたりアニメなどで言われる情報量の多いデザインは向いていないのです。同時に作った奴らは自画自賛で実際に掲げた場合の効果なんて気にしていないクソ集団だなとも思いましたねぇ。この人達にはデザインを頼みたくないなあ。とか感想を持ちつつ、ほんと雨は嫌だねぇ。

プロが作ればそりゃ上手いです。

togetterで素人が作ったチラシをプロが作ったらこうなる、というのがありまして。たまに他所さんで見せてもらうチラシで僕がずーっと思ってることです。
でも言わないのは、お金かかるよ。と、他人の自尊心を傷つけて優位に立って仕事をするのは、よくないに決まってんじゃないか!と思うからです。
素人が作ったチラシだって、その人にとっては必死だし、上手く作ったと思ってるからね。ダメだと思ってるのなら仕方ないが、殆どの場合はダメだと思っていない。だからプロが作るんですよ!はその素人には通じない。

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名刺を新調したよ。

3日前に届いていた名刺。大した情報は載っていないし、もう必要かどうかさえ疑問だが、名刺をもらったときのお返しと話のきっかけになるならいいんじゃないかと思っての印刷物。お愛した方にはもれなく差し上げる予定。漏れないのに予定とは如何に。

昔のIDカードを発掘した。

名刺の在庫が切れたので作らないといけないのだが腰が重くて今日まで先送りしていた。制作用のパソコンが起動できなくなったり(取り敢えず治った、多分ペンタブレットのドライバーが合わない)、レンダリングに時間がかかったりした(DOFの設定は未だに試行錯誤)。まぁ、あれこれやっているうちに出来た。

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