2020年6月12日の紫陽花など。

少し仕事のキリがついたものの、ズゴックの旧キットを買いたかったが、雨も降っていたので行けず、庭の花を撮る。

いつもの記録を残すことより多少でも作品にすることを心がけるようにしている。

花を撮っていると話したら、花なんか撮っても仕方がないと笑う人がいたが、花を撮る人は結構いるので言い方考えたほうがいいんじゃないかと思った。

その人にとって僕は取るに足らないから本音を言えたのだろう。その後その人の写真を見ることがあるが、寂しい程度しか感想がない。何撮っても同じような雰囲気なので、引き出しの少ない人なのだろう。そこが寂しいと感じた部分だ。

技巧的には優れているのだろう。しかし、本当に毎度同じでは本当に優れているのか疑問だ。僕は毎回どのように出来上がるか不安なくらいがいいと思っている。

しかし、それでは仕事にならないのでかつてあったように作ることが多くなる。

たまに作家で生活なんか出来ていなくて、本当は学校の教師なのに作家プレイの人を見かけるし、自分でも作家で荒れるなら良いなと思うこともあるが、所詮憧れ程度なのだろうな。どっちでもいいけど。

個人的には金さえくれたらあとは自分で頑張るんでどっちでもいいです。

コメントを残す