人口減少社会をうっかり考えてみる。

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何処かのブログを読んでまとめと感想。まとめのほうが多い。
人口減少社会は人の生まれない社会と読み替えられる。
人口減少は免れないが、増えずとも減らさない仕組みは考えよう。出生力の低下(端的に仕事で疲れて一発も出来ん状態。)が人口減少の理由の一つじゃないかと仮定して。子育て環境を充実させる事が大切ではないか。
人口は集中している。場所は郊外。しかし、働く場所の視点では平日昼間の都市部が多い。単に見方の違いで人口は変わらない。移動しているだけ。郊外の市街地化や、都市部でもマンションの高層化なども子育てに適した場所では無い。仕事をする場所と生活の場があまりに遠い。長距離通勤の常態化、かといって、社会の活性化の視点では人の移動は肯定的な要素。移動する事で産まれる経済活動は大きく、少なくする事は考えられない。
人の移動のバランスをとることが重要。
国の機関の地方分散化、権限や財源などの地方への委譲など地方の自治や分権を進めることで企業の都市部への集中を抑制する。人口減少社会に対応した新しい家族の暮らし方の政策が必要。これは長期的なもので政権政党が変わっても継続して考えていかなければならない。

まとめると想像以上に短くなったなあ。出生力という言葉あるか分からないが、人口を増やす気がなくなった結果という発想はなかったので新鮮だった。やる気の問題か。既に地方でも中心市街地への人口集中の政策は住宅建築費用の補助など直接的なものが既にあるのに、市町村の周辺への建売住宅の濫造ともいえるほどの建築は市の政策と相反するものであり、かといって政策が市民に浸透しているかと言えばそんなことはないので、ただ安いほうへ流れるし、建築会社も安く作って商売になれば当座構わないとなる。今儲かるのと今潰れてでも細く長く生きるかとか突き付けられたら二の句告げないよ。行政に沿うことが良いことかと言えばすべてではないが、例えば行政と建築会社などお互いに話し合った後の結果でもよかったのではないか?と思えてしまう。話し合った結果がこれなのかもしれんが、話し合ったようには見えないんだよね。
国としての減少は止まらないが地方をそれぞれ切り取ると増えている地域もあるし、減っている地域もある。全体の問題として個別の問題としても考えないと「こっちは増えてんだよ!ボケが!」という賢いはずの人たちによる低能な罵倒が始まってしまうし、高齢者が増えてしまった若年層が増えない地域も同様に、見える範囲の問題に差がありすぎてしまうので、地域差を考慮しないと感情的になるだけだ。
年取ると気づかなかった移動による疲労は見過ごしていたなということです。ただ電車乗って移動するだけで疲れます。マジで。あほかと。あほなんですよ、人間は無敵じゃないんです。そこを考慮しないといけない。
人口減少化社会は人の生まれない社会とも言えると書いてありましたけど、富の再分配から負担の分配の時代になったともいえるんじゃないかと思います。

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